INTERVIEW

微生物とのいいお付き合いで、
口だけでなく全身も健康に。

大阪大学大学院歯学研究科 / 予防歯科学講座 講師
  坂中 哲人 先生
歯と健口を学ぶイベント「well→噛む EXPO'25」でも講師を務めた。

歯の病気だけでなく、全身の病気からも守る。

―ご専門の「予防歯科」って普段あまり耳にしないのですが、どんな分野なのでしょうか。 簡単に言えば、患者さんに歯周病などの病気にならないように普段から健康な状態を保つためのお手伝い、というところでしょうか。人によってリスクが違うので絶対ならないようにはできないのですが、診療では歯を失わないように、病気にならないようにとホームケアに関するアドバイスをしたり専門的なケアを行ったり。研究では唾液や口腔細菌叢、バイオフィルム(*)などを主に研究しています。
*バイオフィルム:細菌のかたまりである歯垢など、粘着性の物質で覆われた微生物の集合体のこと

―京都大学工学部地球工学科から大阪大学歯学部に編入、というご経歴だそうですね。 はい、防災にも興味があって工学部で学んでいました。ただ、生命科学への興味と歯科医師への憧れが捨てきれず卒業を待たずに編入をしたんです。でも今考えると予防歯科も防災と同じ、何かが起きてからではなく、起きないように日々の積み重ねを大事にする、というところは似ているかもしれません。ちょっとした歯ブラシの仕方のアドバイスでも歯の病気から患者さんを守れることもありますから。もっというと歯の病気だけでなく、全身の病気からも。

―全身の病気からも、ですか。 そうです。もともと私が口腔細菌叢に興味を持ったきっかけでもあるのですが、全身手術される方に手術前に口腔ケアをすると術後の肺炎の可能性を低くできたり、入院期間が短くなったり、効果が出ているんですね。他にも歯ぐきの炎症や悪玉菌自体が全身のいろんな部位に波及して、糖尿病であったり、心血管疾患とかのリスクを高めるということもあります。 最近だと、認知症とか、あるいは大腸の病気も口腔細菌が関与しているということも、わかってきているんです。

善と悪、健口と病気。

―なるほど。ということは口や全身が健康であるためには、口腔細菌がいなくなるようにすればよいということでしょうか。 いえ、まず、細菌というのはゼロにはできないんです。メタゲノム解析などをしてみても、どんな人にもいわゆる悪玉菌というのがコンマ数%でもいるんですよね。さらに“菌”といっても善玉菌もいて、体に有益なことをしているということも分かってきています。だから、そういう善玉菌を守りつつ、悪玉菌を増やさないというのが基本です。そのためには磨き残しをちょっとでも減らすというところが大事になります。特に歯周病は出血すると爆発的に悪玉菌が増えるので、出血予防にも歯間ケアが一番大事ですね。

―悪玉菌が悪者に思えてきました。 まあ、間違いではないのですが、ただ「無害な善玉菌と有害な悪玉菌」という二元論では捉えられないのが菌の世界なんです。実は善玉菌も悪玉菌が増えてくると、悪玉菌をサポートするような、そういう振る舞いをしてしまうことがわかっています。だから悪玉菌が増えてしまうと、結局全体の振る舞いが豹変する。だから実際は、口腔細菌叢は健康な状態の時も病気の状態を包み隠している、といいますか。善玉菌か悪玉菌なのか、という問題でもないし、健康と病気、これらは同時に存在していると捉えることが大事なんじゃないかと。

―バランスを意識するということでしょうか。 そうですね。バランスと言えばもう一つ意識したいバランスがあります。「健口な状態」とは、歯の表面に付着した細菌の塊、つまりバイオフィルムとその宿主としての人間の防御力がうまくバランスがとれた状態なんです。それを維持することが大事。 細菌の塊のほうが強くなってしまうと、病気の方に傾きますし、逆に防御力のほうが弱ってしまっても、また同じなんです。

自分の口に住む微生物といい関係を保ちたい。

―どういう時にそのバランスは崩れるのでしょうか。 防御力が弱まるっていうことの最たる例が、やっぱり加齢ですね。 加齢は一番の防御力を弱めてしまう要因です。だから年齢がいくと、防御力が下がって歯周病になりやすくなる。あとはやっぱり、定期検診に来られる方でも、すごく出血が多い日があったりする時に聞いてみると、「ちょっと最近、自治会の町内会で会長を任されて、ストレスで」みたいなっことをおっしゃる。ストレスなどは、防御力低下に反映されやすいと感じるところです。加齢やストレスなど、もちろん本人がどうしようもない部分はあるのですが、歯周病を発症させないためには微生物と宿主のいい関係性を維持するイメージでいることが大事だと思います。

―お話を聞いていると「健口」というのは微生物とうまく付き合っていくということなんだなと。 そうですね。そもそも38億年ほども前に現れたのが微生物で、人類なんてせいぜい数100万年とかですので、微生物は我々人間にはかなわない存在なんだという認識も大事だと思います。奥が深くてわからない大先輩だからこそ、うまくお付き合いできるように努力をする。だからわたしにとってはバイオフィルムを「除去」ではなくて、「管理」することが健口への道だと思っています。

人によって口内の環境はさまざまなんです。口腔細菌叢は割と若い時に形成され、その後は大きく変わりにくいと言われています。もちろん自分自身もそうですが、そういった自分の口の状態やリスクを受け入れて、健口が全身の健康につながるんだとイメージしながら、みなさんにも健口を楽しく維持してほしいなと思います。

 

「どんなに口の中をピカピカにしてもバイオフィルムは数時間後には増えていきます。だからバイオフィルムの病原性を下げていくことが大事なんです」と坂中先生。